越後国一宮・居多神社と上杉謙信の足跡を歩く
さて、上越妙高に到着したのは1時過ぎ。
志賀高原で滑り終えて、出かけたのは11時半頃でしたが、
飯山から何しろ新幹線で10分ですから、想像以上に近いのです。
で、その上越妙高駅を下りると、駅前広場に建つのが
こちらの銅像。

越後の名将、上杉謙信像です。
上越高田は、上杉謙信の本拠地、春日山城があるのです。
そもそも、ここへ来た理由は「あれ」なのですが、
1時過ぎだとそちらに繰り出すにはちと早い。
というわけで、まずは上杉謙信の足跡めぐりと相成りました。
まずは向かったのはこちら。

越後国一宮の居多神社です。
上杉謙信とどう関係があるか・・・というと・・・なのですが、
長野県と境を接する十カ国の一宮めぐりの一環。
越後国には、一宮が2つあり、その一つが居多神社なのです。
ちなみにもう一つは弥彦神社です。
この居多神社は一宮ではあるのですが、割とこぢんまりした、まだ新しいお社。

でも、この居多神社は浄土真宗の開祖、親鸞聖人が越後に流罪となった際、
この近くの居多が浜に上陸し、まず詣でたのがこの居多神社だったといわれる
一宮らしい由緒ある神社。
境内には、その故事にちなんでか、神社ですが親鸞聖人像があります。

そもそも、ここは越後国府が置かれた地。近くには国分寺もあったので、
古くから越後の玄関口となった場所だったのでしょうね。
神社の向かい側は、ちょうど桜が満開でした。

最後に御朱印を。ここは直書きと書き置きの2種類がありますが、
どちらも非常に味のある、特徴的な御朱印です。


続いて向かったのは、すぐ近くにあるこちら。

スキー帰りに上がるには、きわめて負担が大きい長大な階段がある
こちらの神社は、上杉謙信の居城、春日山城址にある春日山神社です。

もちろん祭神は上杉謙信公です。
息を切らして、正面の階段を上がったのですが、
何のことはない、この鳥居の脇まで車で上がれるようになっていたのでした。
まあ、頑張ったので御利益あるでしょう。
で、ご本殿は直線的な破風を持つ、質実剛健なお社。

上杉謙信と言えば、「義」を重んじる、まっすぐな武将のイメージ。
建物の直線的な感じが、そんなイメージをあらわしているのかも知れません。

最後に御朱印を。さすが、「義」と揮毫されています。

お次は、そこから車ですぐの場所にある上杉家の菩提寺、林泉寺へ。

立派な総門から、この寺の格式がうかがい知れます。
ちなみに宗派は曹洞宗。
禅寺らしい、居住まいを正したくなるような美しい伽藍です。

山門に掲げられた山号「春日山」の扁額は、
上杉謙信の書(現在のものはレプリカ)。

それもそのはずで、長男ではなかった上杉謙信が
幼少の頃預けられ、育てられたのがこの林泉寺だったのです。
宝物殿にはこの扁額の実物を含め、ゆかりの品々が展示されていました。
山門の天井には見事な龍の絵。

この山門自体は、江戸末期の善光寺地震で倒壊し、
大正時代になってから復原されたものだそうです。
なので、まだまだしっかりした作りなのですね。
この山門の反対側には同じく上杉謙信の書による「第一義」の扁額が掲げられています。

山門をくぐると、正面が本堂で、右手に宝物殿があります。

この本堂を背に山門の方を見ると、これまた美しい景色がひろがります。
しばらく見惚れていました。

御朱印は、宝物殿の受付でいただきました。

さあ、上杉謙信の足跡めぐりはこのぐらいにして、
あれに向かいますよ。
次の目標300万アクセスに向けて、
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志賀高原で滑り終えて、出かけたのは11時半頃でしたが、
飯山から何しろ新幹線で10分ですから、想像以上に近いのです。
で、その上越妙高駅を下りると、駅前広場に建つのが
こちらの銅像。

越後の名将、上杉謙信像です。
上越高田は、上杉謙信の本拠地、春日山城があるのです。
そもそも、ここへ来た理由は「あれ」なのですが、
1時過ぎだとそちらに繰り出すにはちと早い。
というわけで、まずは上杉謙信の足跡めぐりと相成りました。
まずは向かったのはこちら。

越後国一宮の居多神社です。
上杉謙信とどう関係があるか・・・というと・・・なのですが、
長野県と境を接する十カ国の一宮めぐりの一環。
越後国には、一宮が2つあり、その一つが居多神社なのです。
ちなみにもう一つは弥彦神社です。
この居多神社は一宮ではあるのですが、割とこぢんまりした、まだ新しいお社。

でも、この居多神社は浄土真宗の開祖、親鸞聖人が越後に流罪となった際、
この近くの居多が浜に上陸し、まず詣でたのがこの居多神社だったといわれる
一宮らしい由緒ある神社。
境内には、その故事にちなんでか、神社ですが親鸞聖人像があります。

そもそも、ここは越後国府が置かれた地。近くには国分寺もあったので、
古くから越後の玄関口となった場所だったのでしょうね。
神社の向かい側は、ちょうど桜が満開でした。

最後に御朱印を。ここは直書きと書き置きの2種類がありますが、
どちらも非常に味のある、特徴的な御朱印です。


続いて向かったのは、すぐ近くにあるこちら。

スキー帰りに上がるには、きわめて負担が大きい長大な階段がある
こちらの神社は、上杉謙信の居城、春日山城址にある春日山神社です。

もちろん祭神は上杉謙信公です。
息を切らして、正面の階段を上がったのですが、
何のことはない、この鳥居の脇まで車で上がれるようになっていたのでした。
まあ、頑張ったので御利益あるでしょう。
で、ご本殿は直線的な破風を持つ、質実剛健なお社。

上杉謙信と言えば、「義」を重んじる、まっすぐな武将のイメージ。
建物の直線的な感じが、そんなイメージをあらわしているのかも知れません。

最後に御朱印を。さすが、「義」と揮毫されています。

お次は、そこから車ですぐの場所にある上杉家の菩提寺、林泉寺へ。

立派な総門から、この寺の格式がうかがい知れます。
ちなみに宗派は曹洞宗。
禅寺らしい、居住まいを正したくなるような美しい伽藍です。

山門に掲げられた山号「春日山」の扁額は、
上杉謙信の書(現在のものはレプリカ)。

それもそのはずで、長男ではなかった上杉謙信が
幼少の頃預けられ、育てられたのがこの林泉寺だったのです。
宝物殿にはこの扁額の実物を含め、ゆかりの品々が展示されていました。
山門の天井には見事な龍の絵。

この山門自体は、江戸末期の善光寺地震で倒壊し、
大正時代になってから復原されたものだそうです。
なので、まだまだしっかりした作りなのですね。
この山門の反対側には同じく上杉謙信の書による「第一義」の扁額が掲げられています。

山門をくぐると、正面が本堂で、右手に宝物殿があります。

この本堂を背に山門の方を見ると、これまた美しい景色がひろがります。
しばらく見惚れていました。

御朱印は、宝物殿の受付でいただきました。

さあ、上杉謙信の足跡めぐりはこのぐらいにして、
あれに向かいますよ。
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