松本・金峰山牛伏寺
長い10連休明け最初の週末ですが、
やはり気のせいか軽井沢は人出が少ない気がします。
しかし、暖かく、とてもよい天気で、木々が芽吹き柔らかい若葉が目に優しい
非常に美しい季節。
これから梅雨入り前までが、軽井沢のベストシーズンなのですが
今日はそんな美しい軽井沢をゆっくり楽しめて、非常によかったです。
さて、少し前に松本の弘法山古墳に花見に行った話をご紹介しましたが、
まだその続きがありました。
弘法山古墳から、さらに南に進み、前から是非お参りしてみたいと思っていた
金峰山牛伏寺に行ってみました。
松本市の南東部に位置する、鉢伏山の中腹1000メートルのところにあるという牛伏寺、
なんと天平勝宝七年(756年)に唐の玄宗皇帝が善光寺へ大般若経六百巻を納経する途中、
経巻を積んだ二頭の牛が、この地で同時に倒れてしまい、
その使者たちがこの寺の本尊十一面観世音菩薩の霊力を知って
その経巻をこの寺に納め、牛二頭の霊を祀ったということから、
「牛伏寺」と呼ばれるようになった、ということですが、
この寺伝からすると、天平勝宝7年にはすでに寺院があったと言うことになります。
時代で言えば奈良時代ですから、とんでもない古刹ということになります。
善光寺や諏訪大社、そして上田の塩田平の寺もそうですが、
山国とはいえ、日本の中心に位置し日本の東西南北の交通の要であった信州は
歴史ある古刹が多いことに、いまさらながら本当に驚きます。
さて、そんな古刹ですから、鉢伏山中腹にあるとはいえそれほど市街地から
遠くにはないところにあるのかと思いきや、
山道はどんどん細く、高度を上げていき、
やがては道が途切れてしまいました。
そして、目の前にはこんな門と、長い石段が。

右に車道があるようでしたが、ここから先は通行禁止の看板があったので
慌てて引き返し、少し手前にあった駐車場らしき広場に車を停め
再びこの石段下まで歩いてきました。
正直、想像以上の山寺です。
でもせっかく来たので、石段を登り始めました。

まあ、よく見れば正面に山門が見えるのでそれほど長い石段ではないと一安心。
また、よく手入れされているので比較的歩きやすい参道でした。
ようやく石段を登り切ると、立派な山門。

そして山上にありながら、よく手入れされた境内です。

この山門、行きにくぐるときには気づかなかったのですが、
帰りに反対側から見たら、
立派な金の寺紋がついていました。

よく見ると、諏訪大社と同じ梶の葉紋。
何かつながりがあるのでしょうか?
今度お参りしたら、よく聞いてみたいと思います。
さて、境内ですが、よくこんな山上に、と思うほど
多くの立派なお堂が並んでいます。

このあたりに多い、本棟作りのこちらの建物は本坊。
そしてその隣は五色の幔幕が下がる如意輪堂。

さらにその先にはこれまた立派な仁王門。

それをくぐると、ようやく本堂にあたる観音堂があります。

江戸時代中期に建てられたものだそうですが、
非常に立派なお堂でした。
正面に厄除大悲閣の扁額がかかっていますが、
1日数回、厄除けのご祈祷をお願いできるそうです。

そういえば、正月になるとここのCM流れていましたね。
それほど遅い時間にお参りしたのではないのですが、
上の写真を見ていただいたとおり、ほとんどのお堂の扉が閉まっていました。
いただければ御朱印をいただきたいと思っていたのですが、
ちょっとあきらめかけていたところ、
最初にご紹介した本坊の中から声がするので、
そとから呼びかけてみたら、木の雨戸がガタゴト開いて、
無事御朱印をお願いすることができました。

なかなかな山寺でしたが、マイナスイオンたっぷりな、
霊場という感じの素晴らしい寺でした。
この奥には、重要文化財に指定された、大正時代の砂防堰堤
牛伏川フランス式階段工があります。
ちょっとしたトレッキングコースになっているそうなので、
ぜひまた季節のよいときに行ってみたいと思います。
次の目標300万アクセスに向けて、
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やはり気のせいか軽井沢は人出が少ない気がします。
しかし、暖かく、とてもよい天気で、木々が芽吹き柔らかい若葉が目に優しい
非常に美しい季節。
これから梅雨入り前までが、軽井沢のベストシーズンなのですが
今日はそんな美しい軽井沢をゆっくり楽しめて、非常によかったです。
さて、少し前に松本の弘法山古墳に花見に行った話をご紹介しましたが、
まだその続きがありました。
弘法山古墳から、さらに南に進み、前から是非お参りしてみたいと思っていた
金峰山牛伏寺に行ってみました。
松本市の南東部に位置する、鉢伏山の中腹1000メートルのところにあるという牛伏寺、
なんと天平勝宝七年(756年)に唐の玄宗皇帝が善光寺へ大般若経六百巻を納経する途中、
経巻を積んだ二頭の牛が、この地で同時に倒れてしまい、
その使者たちがこの寺の本尊十一面観世音菩薩の霊力を知って
その経巻をこの寺に納め、牛二頭の霊を祀ったということから、
「牛伏寺」と呼ばれるようになった、ということですが、
この寺伝からすると、天平勝宝7年にはすでに寺院があったと言うことになります。
時代で言えば奈良時代ですから、とんでもない古刹ということになります。
善光寺や諏訪大社、そして上田の塩田平の寺もそうですが、
山国とはいえ、日本の中心に位置し日本の東西南北の交通の要であった信州は
歴史ある古刹が多いことに、いまさらながら本当に驚きます。
さて、そんな古刹ですから、鉢伏山中腹にあるとはいえそれほど市街地から
遠くにはないところにあるのかと思いきや、
山道はどんどん細く、高度を上げていき、
やがては道が途切れてしまいました。
そして、目の前にはこんな門と、長い石段が。

右に車道があるようでしたが、ここから先は通行禁止の看板があったので
慌てて引き返し、少し手前にあった駐車場らしき広場に車を停め
再びこの石段下まで歩いてきました。
正直、想像以上の山寺です。
でもせっかく来たので、石段を登り始めました。

まあ、よく見れば正面に山門が見えるのでそれほど長い石段ではないと一安心。
また、よく手入れされているので比較的歩きやすい参道でした。
ようやく石段を登り切ると、立派な山門。

そして山上にありながら、よく手入れされた境内です。

この山門、行きにくぐるときには気づかなかったのですが、
帰りに反対側から見たら、
立派な金の寺紋がついていました。

よく見ると、諏訪大社と同じ梶の葉紋。
何かつながりがあるのでしょうか?
今度お参りしたら、よく聞いてみたいと思います。
さて、境内ですが、よくこんな山上に、と思うほど
多くの立派なお堂が並んでいます。

このあたりに多い、本棟作りのこちらの建物は本坊。
そしてその隣は五色の幔幕が下がる如意輪堂。

さらにその先にはこれまた立派な仁王門。

それをくぐると、ようやく本堂にあたる観音堂があります。

江戸時代中期に建てられたものだそうですが、
非常に立派なお堂でした。
正面に厄除大悲閣の扁額がかかっていますが、
1日数回、厄除けのご祈祷をお願いできるそうです。

そういえば、正月になるとここのCM流れていましたね。
それほど遅い時間にお参りしたのではないのですが、
上の写真を見ていただいたとおり、ほとんどのお堂の扉が閉まっていました。
いただければ御朱印をいただきたいと思っていたのですが、
ちょっとあきらめかけていたところ、
最初にご紹介した本坊の中から声がするので、
そとから呼びかけてみたら、木の雨戸がガタゴト開いて、
無事御朱印をお願いすることができました。

なかなかな山寺でしたが、マイナスイオンたっぷりな、
霊場という感じの素晴らしい寺でした。
この奥には、重要文化財に指定された、大正時代の砂防堰堤
牛伏川フランス式階段工があります。
ちょっとしたトレッキングコースになっているそうなので、
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